教育・子育て

「いい人」の方が社会経済的地位が低くなりやすい?!

ドイツの子どもは日本の子どもより成功しやすい?

思春期までアジアとアメリカしか知らず、成人してからはじめてヨーロッパに足を踏み入れた私は、なんの縁かドイツで子育てをしてるわけですが、ドイツの小学校~ティーンくらいの子どもたちを様子を観察していると

<やさしい表現>
「あぁ、なんて自由奔放なんだろう」

<正直な表現>
「あぁ、なんて自分勝手なんだろう」

と感心させられます。

逆に、海外で育っているはずのわが子は良くも悪くも「日本人らしく」、空気を読んだり、自分の主張を通すよりも輪を乱す行為をさけることを優先させるので、心配になります。

脳科学者の中野信子先生が、ログミーで「人間の性質は『生まれと育ち』のどちらで決まるか」という話をされているのですが、その中で「いい人の方が社会経済的地位が低くなりやすい」傾向にあることを説明されていました。(動画5:55~)

いわゆる「いい人」のほうが、社会経済的地位が低くなりやすいというデータがあります。なんでかというと、いいように使われてしまうからですね。都合のいい人になってしまうので。みんなにとっていい顔・いい人であるということは、必ずしも自分のためにはならないということもあります。
一方で社会的に非常に成功している人にも、いい人が多いんですね。これどういう違いがあるのかというと、非常に成功しているいい人たちというのは、自分がいいように使われない術をちゃんと知ってる

一つ誤解のないようお伝えしておきますが、ドイツにも「いい人」(=周囲に都合よくつかわれやすい人)は存在します。ただ、日本社会よりも比率は低い気がします。アメリカの方が「同調圧力」が強いからか、ドイツほどマイペースではいられないですね。

「ギバー(与える人)」は搾取されるだけなのか?

上のような現象については、「Give & Take 『与える人』こそ成功する時代」でも以下のように説明されています。

世の中を大きく分割すると、「ギバー(与える人)」「テイカー(受けとろうとする人)」と大多数の「マッチャー(与えることと受けとることのバランスをとる人)」の3グループにわけられます。

そして本の前半でテイカーがいかに社会的に要領よく受けとって成功していくか、反対にギバーが都合よくつかわれ消耗していくかということを述べています。

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

「いい人」でありながら、成功するには

ここで忘れてはならないのが、「ギバー(与える人)」にも、消耗してしまうギバーと成功するギバーがいるということです。その違いは以下のように説明されています。

成功するギバーは、どうせ私は利用されてもいいのだと決めてかかったりしない。人に惜しみなく与えること自体が危険なのでは なく、誰に対しても、たった一つのギブ・アンド・テイクのやり方で対応することのほうが、よっぽど危険なのだ。
(中略)
成功するギバーの多くが、 人はみな善人だという信念 から出発するが、同時に、周囲の状況を注意深く観察 して潜在的なテイカーを割り出す。そして必要とあら ば、テイカーの感情を思いやるのではなくその思考を 分析し、無条件に与える代わりに、より計算されたアプローチ、すなわち、寛大なしっぺ返しで対応するのだ。万一、おとなしく引き下がって自分のことをあと回しにしそうになっても、自分は大切な人の利益を代表していると思えば、しっかり自己主張することができるのである。

忘れてはならない「マッチャー(バランスをとる人)」の性質

「Give & Take 」の中でギバー以上に存在感を感じさせるのが「マッチャー(与えることと受けとることのバランスをとる人)」であり、実はこのマッチャーである人が大多数なのです。そして、最も注目すべきはこの大多数の「マッチャー」の以下の性質です。

マッチャーの中心的価値観とは、公平性、平等、ギブ・アンド・テイクの関係なのである。テイカーがこの原則を破ると、そのネットワークにいるマッチャーは、正義にもとる行動を見逃さない。マッチャー「 目には目を」の信奉者なの だ。

つまり、「マッチャー」は「テイカー」には厳しく目を光らせ、「ギバー」にとって不利益となるような社会であってはならないとサポートしてくれているわけです。

最後に

日本的な要素を持ちながら、海外で生き残るすべを子どもに身につけるには学問以上にさまざまな社会的素質が重要になります。
難しい話になりましたので、少なくともティーンエイジャーになりましたら、中野先生の本と「Give & Take 」などを親子で読みながら話し合いたいと思います。